並木克敏(天地一道)

「バーチャル気功空間 気の世界」

2001.05.05 創刊




第五章 気との遭遇
   
(05-07) 採気とエネルギー資源

化石燃料の枯渇と再生可能なエネルギー (No.59)

   

2004.07.04
   


 【 世界は一つであり, 世界は有限である 】
   
   
  
 「世界は一つであり, 世界は有限である」ということは, 観念的な真理ではな

   く,経験的でリアリティのある事実として,今日多くの人々に受け入れている

   ように思う。「世界は一つである」のは, インターネットの例をあげるまでも

   なく, 国境をいとも簡単に飛び越えて同時多発する, 急性肺炎や鳥インフルエ

   ンザの猛威によって知った。「世界は有限である」のは, 化石燃料がそう遠く

   ない時期に枯渇するばかりでなく,南極にぽっかり開いたオゾンホールや, 地

   球の温暖化によつて, 地球上の空間が無限ではなく有限であり, 自由奔放な生

   産活動が許されないことを知った。

   しかし少し前まで, 平均的な日本人は,「世界は一つである」とは,必ずしも

   リアリティをもって感じていなかったのではないか。島国である日本列島に住

   んでいるために, ヨーロッパ大陸やユーラシア大陸のように, 河や鉄柵で隣国

   と接している生々しい現実の国境がないので, 海の彼方のはるかな隣国に対し

   て,日常的な想いを巡らすことは少なかった。あるとすれば, 春先に中国から

   風に運ばれて降り注ぐ「黄砂」によって, 広大な黄河流域のあることが実感さ

   れたり, あるいは, 日本の冬が三日寒くて, 四日温かいという「三寒四温」の

   気候が, 北からの季節風によってもたらされることで, かろうじて中国や朝鮮

   半島との結びつきを知ることができた。特に,太平洋側に住む人間には, 日本

   海側で暮らしている人々のように, 南の国の椰子の実も, 中国や韓国から流れ

   てくるプラスチックのボトルも目にすることはなかったからである。そしてま

   た,「世界は有限」だということも,日本が高度経済成長路線をひた走ってい

   た頃には,必ずしも現実の問題として認識していたとは思えない。


  

【 「世界は有限である」 第一次石油ショック 】
   
  
  
 「世界は有限」だという冷厳な現実を,世界中の人々に突きつけたのは,1973

   年の第一次石油ショックであった。アラブとイスラエルとの間で第四次中東戦

   争がぼっ発し, 戦局を有利に導くために, OPEC(アラブ石油輸出国機構)は,

   原油生産量を減らし価格の引き上げを決めた。第一次石油ショックは, エネル

   ギー資源の大半を石油に依存し, しかも石油の供給を中東に偏っていた資源小

   国の日本に, かつてない激震が走る。ガソリンや灯油など石油製品が急騰する

   中で, 売り手が値を吊り上げるために, 掟破りの「モノ隠し」が日本列島で大

   々的に行われた。灯油の小売業者はガレージに石油を隠し, トイレットペーパ

   ーはスーパーの店頭から消えた。当時, 日本でも水洗便所が普及し始めていた

   時期だけに, トイレットペーパーの不足は深刻であった。値を吊り上げてスー

   パーにほどほどの量を並べれば, それを聞きつけて集まった人々の奪い合いで

   一瞬にして売り切れた。それに乗じて, 余りある洗剤や砂糖までもが, 店頭か

   ら姿を消した。この頃,日本人の目はみな血走っていた。

   モノ不足パニックと狂乱物価の中で, 日本人の誰もが右往左往していたころ,

   ギターも歌も下手くそで, 声と態度がでかいだけで, フォークの世界を生きて

   いた, 自称シング・ソング。・ライターの泉谷しげる氏は, 「トイレットペー

   パーがないなら, 新聞があるさ」と言ってのけた。これだけは,けだし正論で

   あった。第一次石ショックは, 高度成長を遂げてきた日本の産業・経済界に急

   ブレーキをかけ、戦後史の中でも最大の転換点なった。それと同時に, 湯水の

   ように使ってきた石油が, 地球に埋蔵された化石燃料として有限であることを

   嫌というほど思い知らされた。昨日まで大手企業の背もたれの高い椅子に座っ

   ていた部長が, でっぷりとしたその身体で, 立ち食いソバ屋のカウンターの中

   で, 慣れない手つきでソバをうでていたのである。「世界は有限」であること

   を, 第一次石油ショックは, 経験的でリアリティのある事実として, 私たちに

   最初に教えてくれた。



【 「世界は一つである」 チェルノブイリ原発事故 】


   
世界の人々は「世界は有限である」という事実を,第一次石油ショックによっ

   て,世界で同時に知ることになった。それに対して,「地球は一つである」こ

   とを, リアリティのあ事実として受け入れることになる出来事は, 個々人によ

   ってかなり違うのではなかろうか。おそらく「世界は一つである」ことを最初

   に知ったのは, 1961年に人類史上初の宇宙飛行士となり, 「地球は青かった」

   という名言を残した, 旧ソ連のガガーリン少佐ではなかったかと思う。宇宙に

   浮かぶ衛星の窓越しから見た地球は,ガガーリン少佐の目には,岩石の塊では

   なく,生命そのものに映ったという。それ以降, 米ソによる多数の有人衛星が

   打ち上げられ, 衛星から青い地球の映像が送られてきたけれど, それはテレビ

   画面を介しての地球であって, 私には「世界は一つである」という実感は湧か

   なかった。それでは,もっと身近な海外旅行の場合はどうか。1960年代以降の

   高度経済成長で日本人は豊かになり, おりしも急激な円高で,誰もが競って海

   外旅行を楽しむ時代が到来した。しかし,海外を訪れるといっても,点から点

   への移動のなので, 世界は広いと感じることはあっても, あるいは,カルチャ

   ーショックを受けることはあっても,「世界は一つである」という感覚はもて

   なかった。

   私の場合,「世界は一つである」ことを実感したのは, 1986年のチェルノブイ

   リの原発事故のときであった。原子炉の大爆発は, ヒロシマの数百倍といわれ

   る放射能を大気中に放出した。千メートルから2千メートルもの上空に吹き上

   げられた放射能は、風にのってヨーロッパをはじめ世界中に広がり、遠く日本

   でも母乳や野菜などから高濃度の放射能が測定され, 地球全体に降り注いだ。

   しかしながら「世界が一つである」と実感できたのは,チェルノブイリのたっ

   た一箇所の原発事故によって,地球全体が死の灰に汚染されてしまったからだ

   けではなかった。第二次世界大戦後に世界は,冷戦という名のもとに,アメリ

   カと旧ソ連を代表する東西の両陣営に分割されてしまった。それ以来,東の世

   界はブラックボックスの中に閉じ込められ,情報が外に出てくることはなかっ

   た。平均的な日本人にとって,東の世界は現実に存在しているけれど,数年前

   の北朝鮮のように,意識の中では無きに等しかった。それが原発事故によって

   突然,東の世界が姿を現したのである。ブラックボックスの中に閉じ込めらて

   いた「世界の半分」が,見え出したのである。おりしも,チェルノブイリの原

   発事故の前年の1985年に,旧ソ連で共産党書記長に,のちに「鉄のカーテン」

   を開くことになる「ゴルバチョフ」が就任したのである。この時期を境にして

   東の社会主義経済は,急速に解体の道を突き進むことになる。そして,地理的

   にも,政治的にも,経済的にも,文化的にも,文字通り「世界は一つ」になっ

   たのである。



【 化石エネルギーの枯渇 】

   
   
世界は,ごく少数の社会主義国を徐いて,みな市場経済を選択した。市場経済

   は,一定のルールの下で行われるとはいえ,市場が勝敗を決める弱肉強食の世

   界である。それまでは,西側の陣営内だけでの競争が,東側の参戦によって,

   地球的規模で行われるようになった。グローバルな経済競争の時代の始まりで

   ある。そんな中から圧倒的な領土の広さと,圧倒的な人口の多さと,圧倒的な

   賃金の安さを武器に,中国が世界の工場として台頭してきたのである。地球の

   1/5を占める人口12億6千万人の中国が動き出すと,世界のエネルギーをはじめ,

   鉱物資源などの原材料を大量に消費することになる。たとえば,中国は石油生

   産量で世界第五位なのであるが,消費量では1993年に石油の純輸入国に転じ,

   すでに日本を抜いてしまったのである。中国の経済発展がこのまま続けば,石

   油の消費量は増加の一途を辿り,世界の石油エネルギーを食べ尽くしかねない。

   そればかりではない。2000年前後にかけて,BRICs(ブラジル、ロシア、

   インド、中国)と呼ばれる,広大な土地と巨大な人口を抱える国の経済成長率が

   大きくなり、いっせいに成長軌道に乗ってきたのである。現在、世界全体の人

   口は約62億人であるが,そのうちBRICsの四ヶ国合計の人口は,27億人で

   あるから,世界人口の半分弱を占めることになる。現在はまだ,BRICsの

   経済規模は小さいけれど,2039年にはG7(米国、日本、ドイツ、フランス、

   英国、イタリア)を上回るという予測がある。そのとき石油や天然ガスなどのエ

   ネルギーはどうなっているのだろうか。




   
【 再生可能なエネルギー資源と採気法 】  

   
   
過去の遺産である石油や天然ガスの化石燃料は,数十年から百年で枯渇してし

   まい,それらを食い潰すだけでは人類の未来は無い。近年,メタンガスを含ん

   だ氷状の固体である「メタンハイドレート」が,日本の天然ガス需要の百年分

に相当する量が,日本近海に眠っていることが知られ,「未来のエネルギー資

   源」として話題になっている。としても化石燃料という点では変わりがない。

   「世界は一つであり, 世界は有限である」ならば,長期的には地球の環境に負

   担が少なく,かつ再生可能なエネルギー資源が求められている。地球環境と人

   類をはじめとした生命との共存である。それには,地熱,太陽,風力,波力,

   潮流,海水中の温度差等を利用した,枯れることのない天然の資源エネルギー

   があり,また光合成によるバイオマスの研究も盛んに行われている。


   地球環境と人類との共存は,個人レベルにまで下げれば,自然に広く散在する

   「外気」と,身体の中を流れる「内気」との関係に置き換えることもできる。

   「第2章 潜在能力の開発(07)採気」で触れたが,中医学では「内気」は,飲

   食物の栄養素である「水穀の気」と,自然の中に広く分布している「外気=清

   気」とが合成されたものと捉えられている。「内気」は生命そのものであり,

   「水穀の気」と「外気=清気」は内気の材料なのであるから, 体内にそれを十

   分に補充してやれば, 「内気」は充実し, 健康を維持し老化を遅らせ, 十年は

   若返りを取り戻すことができる。このとき「水穀の気」は飲食物なので,代価

   を支払わなければ手に入らないが, 「外気=清気」は,空気のように自然界に

   無尽蔵に存在しているのであるから,これを自分の健康のために利用しない手

   はなかろう。「外気=清気」を体内に採り入れる方法のことを『採気法』と呼

   ぶが, これをマスターすれば,生命の材料がタダでいくらでも手に入るのであ

   る。一指禅功では『採気法』は,練功のレベルに応じていくつかの段階がある。

   今回,購読者の方にプレゼントする『採気法』は,流派に関係なく誰もが利用

   可能な最も基本的なものである。それでも,この『採気法』を始めて2,3分

   もすると,両腕にずっしりとした気感を体験することになろう。そして,これ

   らの『採気法』をしっかりとマスターすれば,自然を改造し利用し尽くす貪欲

   な人間ではなく,大自然に生かされている自分を感じることになるであろう。




** 会員からのメッセージ **********************


 『生気が湧いてきました』(NTさん)

『立禅功を始めて二日過ぎましたので感想と質問を書いてみました。立禅
功の腰を落とす姿勢は初心者には非常にきつく、気感を感じるどころでは
な初日は5分で終了しました。太股と、腰から背中にかけての筋肉にかな
り負荷がかかるようで、終了後はその部分が非常に張りました。その後風
呂に入って暖かいものを飲んでそのまま寝ました。私は最近日頃の生活習
慣からくる疲労のせいか、仕事に支障が出るほどに脱力感や全身の気怠さ
等に毎日悩まされていたのですが、立禅功を行った次の日はどういうわけか、
底の方からちょろちょろと生気がわき出て補充されていくよな感覚があり、何と
なく元気が持続するような感じがしました。その日は疲労困憊ならず乗り切る
ことが出来ました。2回目の立禅功を行った次の日はさらに全身に生気が行
き渡っている感じがして、あまり疲れを感じることが無くなりました。また、イラ
イラすることが少なくなり、心に余裕のようなものがある感じがしています。正
直なところ5分程度の立禅功を2回やっただけですので、この効果が立禅功に
よるものかどうかについては半信半疑ですが、これからも継続してやっていこ
うと思います。』 


   『PDFファイルには感動しました』(東京 三毛猫さん♂)

『今回,送られててきた添付ファイルを開きましたら,図版のずれもなく,文
字化けもなく,とても読みやすかったです。僕のOSは,マッキントッシュなの
前のファイルは大変読みずらかったのです。PDFファイルはいいですね。プ
リントしたら,その出来上がりに感動しました。』


   『アメリカで気功の文化交流をしています』(アメリカ在住 SNさん♀)

   『はじめまして。私はアメリカのシアトルに住んでいます。このあたりでは気
   功教室はまったくありません。インターネットを見ていたら, たまたまこの気
   功教室を知りました。体力や気力の衰えを感じていたので, おもいきって入会
   することにしました。最初のうちは通信教育ということで, 躊躇していたので
   すが, 実際にやってみと問題ないことが分かりました。送られてきた功法は,
   たくさんの写真と図が載せられているので, 私にはとても理解しやすいもので
   した。早いもので入会してから, 来月で2年になります。アメリカ人は東洋に
   ついて好奇心が強いみたいで, 戸外で練功していると興味津々のようで, 腰痛
   の外気治療をしてやると, おおげさに喜んでくれます。今では, 近所の人が集
   まって小さな気功のサークルができています。馬歩椿をやって, ささやかな文
   化交流をしています。』

   ※倶楽部より一言

     『バーチャル気功道場の会員で, そのうち海外でお住まいの方は少なくありま
   せん。アメリカ, カナダ, イギリス, フランス, ドイツ, チェコソロバキア,
   オーストラリア, ニュージーランド, 香港などです。世界を瞬時につないでし
   まう, インターネットの世界ですから驚くこともありませんね。なお, 海外に
   お住まいの方は「国際郵便為替」を利用れると安くて便利です。』

  ** 購読者コーナー **************************



□ 質問 「秘伝の技はインターネットで伝わるか」□  
 
     『少林寺系の有名な気功のサイトに, 「秘伝」なるものは, 師匠から直接伝授
   されるものであって, インターネットでは伝えることはできないと書いてあり
   ました。というのは「秘伝」なるものは, とても微妙なものだからだそうです。
   「秘伝」というのは, 本当に微妙なものですか。としたら貴倶楽部は, この問
   題をどのようにクリァーしているのですか。』(気功大好き人間)


   ■ 答え ■
   
   『人をあっと驚かせる華麗なるマジックも, 「種」を知ってしまえば他愛もな
   いことのように映ります。一指禅功の「秘伝の技」も, Mr.マリックがマジッ
   クの種明かしするのと似ていると, メールマガジンで何度も書きました。マジ
   ックの「種」を知ったら, 一指禅功の「技」を知ったら, な〜んだということ
   になります。一指禅功の「技」に限って言えば, 直接教えなければ駄目だとい
   うほどの微妙な部分はありません。バーチャル気功道場には, 多数の会員の方
   が外気功を学んでいますが, 質問と疑問は寄せられても, どうしても理解でき
   ないという意見はいまだ聞きません。「秘伝の技」も図版や写真を使えば,イ
   ンターネットで十分伝えることができるのです。「気の視方」プレゼントと同
   じように,知ってしまえば他愛ないことなのです。
   ただし「種」と「技」には, 決定的な違いがあります。マジックの「種」は自
   分で必死になって考えれば, 正解に到達できないこともありません。しかし,
   一指禅功の「技」は, いくら考えても正解を出すのは不可能です。一人の人間
   の小さな一生涯の経験から, 導き出されるほど底は浅くはありません。一指禅
   功は, 千五百年の間, 多くの人々の経験と蓄積の上成り立っているのです。一
   指禅功の「秘伝の技」は, バーチャル気功道場で学ぶしかありません。


   

  

   ※気功やこのメルマガの内容に関して, ご意見やご質問がありましたら, 是非
   
お寄せ下さい。お待ちしています。
   
    Email aam13920@nyc.odn.ne.jp 編集 正田 竜二
  



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【バーチャル気功空間 気の世界】月刊
                                   
    発行元: 日本気功倶楽部
   監 修: 天地 一道
   編 集: 正田 竜二


※「バーチャル気功空間 気の世界」に掲載された内容を無断で複写、転載、転送および引用することを禁止いたします。なお、お友達の方へ紹介の為の転送は大歓迎です。           

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