並木克敏(天地一道)

「バーチャル気功空間 気の世界」

2001.05.05 創刊




第四章 気と社会
   
(04-05) 現代文明の一つの方向

個食化する食事文化(No.45)

   

2003.04.30
   


   【ひとつ釜の飯を食べる】
   
   
   
かつて「ひとつ釜の飯を食べる」という言葉があった。「共食」のことである。

   これは,家族の日々の食事だけではなく,あらゆる共同体の行事や宴,さらに

   神と人間との間の交流にも,貴賎を問わず広く深く根の張っていた習慣であっ

   た。動物界の中で,共に揃って食事をするのは人間だけであるという。とする

   と,共に食事をすることに,人間はどのような意味を与えているのであろうか。

   文化人類学の石毛直道氏によると「家族という集団は,特定の男女間の持続的

   な性関係の維持と,その間に生まれた子どもの養育をめぐってなされる食料の

   獲得と分配に関する経済単位として成立したものと考えられている。そこで,

   食事を共にすることが家族の連帯を象徴する手段」となったというのである。

   それは家族だけでなく,その外に広がる共同体も含めて「連帯感を強化する手

   段」として共同飲食という習慣を持続させてきたという。

   しかし,文化人類学の人は言を避けているが,この共食の意味づけには,いく

   つかの前提が必要であると思う。まず一つは,食料が有り余るほど豊かな社会

   ではなかったこと,もう一つは家族内の子供も含めたすべての構成員が,共同

   作業のための役割分担がなされていたことである。貧しいからこそ人は「食べ

   物」で釣られてしまうのであり,共同の目的があるから「連帯」が必要なので

   ある。ここから浮かび上がってくるのは,家族総出で行う貧しい農村の生活像

   である。朝は日の出前から家族総出でクワを担いで畑に行き,昼は道端で麦飯

   を食い,夜には日が沈んでから家に帰り,食事をそそくさと済ませて深い深い

   眠りにつく。「働けど働けど わが暮らし楽にならず じっと手を見る」ので

   ある。



  
 【核家族化の進展】

   
   現代の生活は,この二つの前提がすでに崩れ去ってしまった。戦後まじかであ

   れば,子供も貧しさの故に,納豆売りや新聞配達で家計を助けねばならなかっ

   たし,食事は家族が食べるぎりぎりのものしか用意されていないので,一緒に

   食べなければ一食分は保障されない。夕食までは子供も家に帰り,みんなもく

   もくと箸を動かしていた。昭和31年(1956)の「経済白書」の中で「もはや

   後は終わった」という宣言がなされた。戦前まで麦飯しか食べられなかった農

   村でも,戦後復興の恩恵は,確実に日本列島の隅々まで及ぶことになる。もは

   や日本列島には,餓死する人はいない。日本列島成立後におとずれた歴史上の

   快挙である。

   この頃から日本の家族は,構造的な変化を伴いながら,その在り方を急速に変

   えていく。核家族化の進展と,数々の便利な文明の利器(電化製品)の登場に

   よってである。経済の発展は,農村の次男坊以下の労働力を大量に都市へと集

   めた。この人たちが農村に帰らず,都会で結婚して子供を産み育てれば,膨大

   な数の「核家族」が成立することになる。国勢調査の統計によれば,家族員数

   が5人から4人に減少するまで,日本では昭和25年からわずか10年に過ぎ

   ない。アメリカでは,1880年から半世紀をかけている。お祖父ちゃんとお祖母

   ちゃんのいない,両親と子供二人だけの家庭が誕生するのである。飛行機事故

   で亡くなった坂本九さんは,九男だったので「九」の名前をつけたそうである

が,当時としてはそう珍しいことではなかった。家族員の激減で,子供が家の

   手伝いをする理由は,少なくなってしまった。



  
 【便利な文明の利器の登場】

   
   そしそてさらに駄目押しは,便利な文明の利器の登場と家庭への浸透である。戦

   前の中流家庭では女中さんがいるのが普通だったので,主婦の家事労働はあまり

   問題ではなかった。戦後になると女中さんを雇うことができず,すべての家事労

   働が主婦の肩にのみ重くのしかかってきた。折りしも男女同権の時代である。家

   事労働をいかに軽減するかが,右翼や左翼の枠を超えて時代の大テーマとして浮

   上してきた。最も手っ取り早く,しかも目に見えるような形で改善できるのは,

   「台所」であった。それまでじめじめしていた人造石磨き出しの流しは,ぴかぴ

   かと輝くステンレス流し台に変わった。このステンレス流し台の登場によって,

   新しい核家族に相応しい家庭の風景の舞台が作られたのであった。憧れの戦勝国,

   アメリカ風の小さいながらもイス式のダイニングキッチンの誕生である。これは

   昭和30年(1955)設立の旧日本住宅公団の成果であった。この新しい核家族をタ

   ーゲットに,家電メーカーは競って家事の効率化を目指す電化製品を世に送り出

   してきた。洗濯機,電気釜,掃除機,冷蔵庫・・・と,「余暇を趣味や教養のた

   めに」というキャッチフレーズに乗せて。しかし,専業主婦がそういう時間の使

   い方をしたという証拠はどこにもない。ここに,子供が家の手伝いをする理由は,

   完全に消えたのである。子供の仕事は唯一,いい学校に入るために勉強するだけ

   になった。時代は,管理社会と学歴社会の方向に大きく舵をとったのである。



   
【個食化の始まり お父さんがまず消えた】

  
   管理社会の進展は,会社人間を大量生産した。年功序列と終身雇用は,会社に対

   する忠誠心を育み,会社が擬似家族のように機能するようになる。もはや残業は

   当たり前で,毎日定時に帰宅する近所の人のことを,出世コースから外れたもの

   として,ビートたけしのギャグのネタにまでなってしまった。四人の核家族の夜

   の食卓から,まず最初に「お父さん」が消えた。家族のために働いているのだと

   する「お父さん」にしてみれば,それほどのことではなかったかも知れないが,

   専業主婦の「お母さん」にしてみれば,家族の団欒の場が消えることを意味して

   いた。朝食は,どこの家庭でも会話どころではない。昼食は,家族みなばらばら

   だ。ディナーであるはずの夕食には,「お父さん」がいない。「お母さん」にと

   っては,深刻な事態だったと想像される。としてもこの状況は,まだ家族の団欒

   の崩壊の序曲に過ぎない。いい会社に就職するためには,いい学校に入らねばな

   らない。みんなと同じことをやってといたのでは,その夢も適わないと,男の子

   たちはこぞって塾に通い始めた。こうして,夜の食卓から息子さんも消え,母親

   と娘さんの二人だけになってしまった。家族団欒は風前の灯火であった。



  
 【「食」の産業 個食化の勧め】

   
   息子さんが個食の味を経験し始めたちょうどその頃,家庭の食生活にとって三つ

   の大きな事件がおこる。昭和46年(1971),日清食品はお湯を注ぐだけで食べら

   れる画期的な食品である「カップヌードル」の販売を開始し,同じ年に外食産業

   の花形となるマクドナルド第一号店がオープンした。そしてさらに,昭和48年

   (1973)にはセブンイレブンの前身である「ヨークセブン」が設立された。24時

   間営業のコンビニの誕生である。このようにして,個食化の時代のステージが出

   揃ったのである。この三つの新しい「食」の産業に共通している戦略は, 家庭の

   食卓から子供を引き離し, 個食化への道に子供を引き入れることにある。台所を

   使わない調理不要の食品の提供こそが,その戦略を実現する最も優れた手段だっ

   たのである。母親の手を煩わせることなく, 個室で, 公園で, 友達同士で, 食事

   は完結するのである。個食化とは,ここにその本質があったのだ。これを手始め

   にして,食品産業と外食産業は,家庭にある「おふくろ」の食生活の領域を片っ

   端から侵食し始める。「チン」するだけの調理不要の食品群の豊富な品揃え,家

   族それぞれの嗜好の多様化,ばらばらな生活時間によって,もはや家族が揃って

   食事をとる必要がなくなった。誰だか忘れたが, 家族それぞれのベッドの脇に,

   コンパクトな個人用の食卓に, 加熱するだけのコンパクトな炊事道具が付いた装

   置を提案していた。それは, 個食化の時代の究極のステージに見える。各個人が

   自分の好みで, それぞれのレトルト食品を温めて, そこで食べる。台所も食堂も

   不要である。 しかし, 不要になったのは, 台所と食堂だけなのだろうか。もは

   や家族も必要なくなったのではなかろうか。


   日本の食事文化は, 誰も想像さえしなかった方向に進んでいる。飽食, 偏食, 奇

   食, 食物アレルギー, そして食べることに興味を失う子供たち。かつて「私の秘

   密」というテレビの番組で, 故高橋圭三氏が冒頭の慣用句として「事実は小説よ

   り奇なり」と言っていたが, 現在は「現実は想像力を超える」と言うほうがリア

   リティがあるように思う。「食」の文化は, 第四ステージに入ったのである。食
 
   物は, 最も大切な「気」の原料だというのに。

   
  
         
** 会員からのメッセージ ********************


   『花粉症が改善しました』(和歌山 おばさん)
   
  『毎年二月になると, くしゃみと鼻水で悩まされてきましたが, 今年は第三巻
   の功法と花粉症の自己保健法をやったおかげで, 大分楽になりました。特に,
   鼻水は困ります。昼間はなんとかなりますが, 夜は眠れなくなるので, 睡眠不
   足で一日中ぼうっとしています。今年はその夜の鼻水が少なくなり, 眠れるよ
   うになりました。体調もよくなりました。感謝しています。』 
         

** 購読者コーナー **********************



   
□意見□ 『スケールの大きなエッセイですね』(少し物書き♂)
   
   『毎回メールマガジンを拝見させていただいていおります。天地先生のエッセイ
   の内容には, いつも感心させられています。エッセイストとの肩書きで, 新聞な
   どに書かれているものと較べても, 天地先生のは少しさも遜色がないですね。む
   しろスケールが大きくみえます。「気と社会」は, 歴史的なアプローチをとって
   いるので, 問題が整理されていてとても解りやすいです。これからも良質なエッ
   セイをお願いします。「気と文化」が楽しみです。』




  ※気功やこのメルマガの内容に関して, ご意見やご質問がありましたら, 是非
   
お寄せ下さい。お待ちしています。
   
    Email aam13920@nyc.odn.ne.jp 編集 森澤陽子(准指導員)
  



      
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        【バーチャル気功空間 気の世界】隔週  
                                   
    発行元: 日本気功倶楽部
   監 修: 天地 一道
   編 集: 森澤 陽子


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